【物差しを持とう】立法不作為に対する国家賠償の論じ方

監修者
講師 赤坂けい
株式会社ヨビワン
講師 赤坂けい
【物差しを持とう】立法不作為に対する国家賠償の論じ方
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チェック
この記事を読んで理解できること
  • 在外国民選挙権訴訟から規範を導く
  • 在外国民選挙権訴訟事件の規範の具体的なあてはめ方
  • 平成22年司法試験

立法不作為の事案で、国家賠償をどう論じればよいのか、とっさに答えることができますか?

規範をいくら覚えてもあてはめができなければ意味がないです。

結論から言うと、そこで大事なことは

結論

①国会に法案が提出されていたか
②国会で問題となって10年以下か以上か

ということを覚えていないと話になりません。

立法不作為に対する国家賠償の判例を使いこなすためには、規範ではなくむしろ、事案が大事だからです。

具体的に、平成22年司法試験でも「7年」放置した事例が出題されていますが、この「7年」が「不当に長期」といえるかは、結局、判例の事案を知っていないと判断することができません。

判例の事案が「10年以上放置した」であるとわかってさえいれば、この問題は自信を持って解くことができるのです。

そこで、

<初級者向け>
・第1章では、規範の確認をし


<中級者以上>
・第2章では、10年という数字がなぜ大事かと合わせて、立法不作為に対する国家賠償についての解法を示します。
・第3章では、第2章で得た知識を使って、具体的に平成22年司法試験の問題を解いてみます。

この記事で、立法不作為に対する国家賠償を完全マスターしてくださいね。

【初級】第1章 在外国民選挙権訴訟から規範を導く

1-1 立法不作為は直ちに国賠法上の違法とはならない

まず、最高裁は、

展開

立法不作為が憲法の規定に違反する

直ちに国賠法上違法とはならない 

という一般論を展開しています。

・在外国民選挙権訴訟 平成17年9月14日

「国家賠償法1条1項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責任を負うことを規定するものである。したがって、国会議員の立法行為又は立法不作為が同項の適用上違法となるかどうかは、国会議員の立法過程における行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したかどうかの問題であって、当該立法の内容又は立法不作為の違憲性の問題とは区別されるべきであり、仮に当該立法の内容又は立法不作為が憲法の規定に違反するものであるとしても、そのゆえに国会議員の立法行為又は立法不作為が直ちに違法の評価を受けるものではない。しかしながら、立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合や、国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などには、例外的に、国会議員の立法行為又は立法不作為は、国家賠償法1条1項の規定の適用上、違法の評価を受けるものというべきである。」

つまり、憲法違反の検討と、国賠法上の違法性の検討は別途行う必要があるということです。

ここまではご存知の方も多いと思います。

1-2 違法となるための規範

次に、最高裁は、

規範

憲法上の権利を違法に侵害することが明白な場合
憲法上の権利行使の機会を確保するために立法措置が必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合


①か②のどちらかを満たす場合は国賠法上違法

という規範を定立しています。

立法不作為の場合、憲法上の権利を違法に侵害することが明白であると直ちに認められることは少ないでしょうから、基本的には2の要件を充足するかの問題となります。

2の要件をさらに細かく分解すると、

要件

①立法措置が必要不可欠
②①が明白
③正当な理由なく
④長期にわたって立法措置を怠った

となります。

このうち①と②については、立法不作為が違憲であるという時点で充足できる可能性が高いでしょう。
そのため、主に問題となるのは③と④です。

立法不作為の違法性を検討

立法不作為の違法性を検討する際は、

・正当な理由なく
・長期にわたって立法措置を怠った

といえるかが問題となる!

ここまでは、在外国民選挙権訴訟の規範を解説しました。
次の章では、あてはめについて解説していきます。

【中級】第2章 在外国民選挙権訴訟事件の規範の具体的なあてはめ方

結論からいうと、あてはめについては

結論

・正当な理由なく
 
国会に法律案が提出されていたかを検討

・長期にわたって立法措置を怠った
  いつからの時間経過が問題か、起算点を特定
 
10年以上か10年未満か?

の二つを覚えていれば十分です。

逆にこの二つが一瞬で出てこなかった人はこの章をよく読んでください。

第1章で解説したとおり、立法不作為の違法性は、

要件

①立法措置が必要不可欠
②①が明白
③正当な理由なく
④長期にわたって立法措置を怠った

が要件ですが、上のⓐとⓑはそれぞれ③と④のあてはめの問題です。

「正当」も「長期」も抽象的な概念なので、判例をよく理解していないと、ふわっとしたあてはめになってしまいます。

そこで、在外国民選挙権訴訟のあてはめを見てみましょう。

・在外国民選挙権訴訟 平成17年9月14日

「在外国民であった上告人らも国政選挙において投票をする機会を与えられることを憲法上保障されていたのであり、この権利行使の機会を確保するためには、在外選挙制度を設けるなどの立法措置を執ることが必要不可欠であったにもかかわらず、前記事実関係によれば、昭和59年に在外国民の投票を可能にするための法律案が閣議決定されて国会に提出されたものの、同法律案が廃案となった後本件選挙の実施に至るまで10年以上の長きにわたって何らの立法措置も執られなかったのであるから、このような著しい不作為は上記の例外的な場合に当たり、このような場合においては、過失の存在を否定することはできない。このような立法不作為の結果、上告人らは本件選挙において投票をすることができず、これによる精神的苦痛を被ったものというべきである。したがって、本件においては、上記の違法な立法不作為を理由とする国家賠償請求はこれを認容すべきである。」

まず、最高裁は、在外国民に投票の機会を与えられることが憲法上保障されていたことを理由に、

「在外選挙制度を設けるなどの立法措置を執ることが必要不可欠であった」

としています。

この部分は、憲法違反の検討とそれほど変わりません。

ここからが重要です。
最高裁は、

「昭和59年に在外国民の投票を可能にするための法律案が閣議決定されて国会に提出された

という事情を指摘しています。

つまり、

・在外国民の選挙権はこの裁判で初めて問題になった

のではなく、

・既に内閣からの法律案により国会でも議論の対象になっていた

ということです。

それにもかかわらず立法措置を執らなかったことは、③「正当な理由なく」の要件を充足する事情と考えられます。

次に、④の要件です。
最高裁は、「10年以上の長きにわたって何らの立法措置も執られなかった」という事情を指摘しています。
これは、④長期にわたって立法措置を怠ったことを充足する事情といえます。

なお、「法律案が廃案となった後」が「10年以上」の起算点になっていることにも注意が必要です。

このように、③「正当な理由なく」を検討する際には、国会に法律案が提出されていたかを検討しましょう。

④長期にわたって立法措置を怠ったことを検討する際には、判例と同じく10年以上であるか、それとも10年未満であるかを確認しましょう。

③で検討した経緯や時系列から、起算点を特定することも忘れないようにしてください。

結論

・正当な理由なく
 
国会に法律案が提出されていたかを検討

・長期にわたって立法措置を怠った
  いつからの時間経過が問題か、起算点を特定
 
10年以上か10年未満か?

第3章 平成22年司法試験

それでは、平成22年司法試験憲法の問題を見ていきましょう。

問題文は以下からご覧いただけます。

平成22年新司法試験問題 論文式試験 公法系科目
https://www.moj.go.jp/content/000046904.pdf

本件では、Y市のネットカフェで寝泊まりしていたホームレスのXが、住民登録を抹消されました。

問題文の一部を抜粋します。

Y市は,衆議院議員総選挙における選挙区を定める公職選挙法別表第1によれば,市全域で1選挙区と定められている。Xは,住民登録が抹消された年の10月に行われた衆議院議員総選挙の際に,選挙人名簿から登録を抹消されたために投票することができなかった。このような事態は,従来から,ホームレスの人たちなどの支援活動を行っているNPOから指摘されていた。そして,それらのNPOは,Xの住民登録が抹消された年の10月に行われた衆議院議員総選挙よりも7年前に行われた200*年8月の衆議院議員総選挙の際に,国政選挙における「住所」要件(公職選挙法第21条第1項,第28条第2号及び第42条第1項のほか,同法第9条,第11条,第12条,第21条,第27条第1項参照)の改正を求める請願書を総務省に提出していた。

本件において、住所を有しない者が投票する仕組みが設けられていないという立法不作為について、国家賠償請求が認められるでしょうか。

第2章で解説した方法に沿ってあてはめていきましょう。

立法不作為の違法性は

・国会に法律案が提出されていたか?
 
総務省」に「請願書」が提出されていた。

・提出元は内閣か?
 
ホームレスの人たちなどの支援活動を行っている「NPO

上の図のとおり、本件は「NPO」から「総務省」に「請願書」が提出されたのであり、「内閣」から「国会」に「法律案」が提出されていた判例とは事案が異なります。

確かに、社会問題について組織的に対応するNPOから請願がなされた以上、一定の重要性は認められます。
しかし、このことが国会で議論の対象になったという事情がないことから、立法府が問題を不当に放置したとまではいえないように思われます。

したがって、③「正当な理由なく」の要件を充足しません。

次に、期間について見てみましょう。

期間は

・起算点は?
  請願書が総務省に提出された200*年8月

・どれだけの期間が経過したか?
  Xの住民登録が抹消された年の10月に行われた衆議院議員総選挙までの7年間

上の図のとおり、請願書が総務省に提出されてから、問題となった選挙までに7年間が経過しています。

そうすると、10年に満たない期間であり、判例と比較して短期にとどまります。

10年間は必ずしも絶対的な基準ではありませんが、少なくとも国会に法律案すら提出されていない本件においては、長期にわたって立法措置を怠ったとはいえないと考えられます。
したがって、本件において国賠法上の違法性は認められないという結論になります。

第4章 まとめ

以上から、立法不作為に対する国家賠償については、

趣旨

・正当な理由なく
 
国会に法律案が提出されていたかを検討

・長期にわたって立法措置を怠った
  いつからの時間経過が問題か、起算点を特定
 
10年以上か10年未満か?

という基準を覚えておくことが極めて大事です。

立法不作為の違法性は要件が抽象的で一見わかりにくいですが、判例と事案を比較することによって説得的な論証が可能になります。

もし出題されたら、周りと差をつけるチャンスだと思ってください。

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