【窃盗罪・横領罪・背任罪】機密情報を持ち出したら何罪か。パターン別で総整理
目次
この記事を読んで理解できること
- まずは「財物の持ち出しの有無」で区別せよ!
- 窃盗罪と横領罪は「主たる占有者」に該当するかで区別せよ!
- 背任罪か不可罰かは「事務処理者」に該当するかで区別せよ!
会社の従業員が機密情報を持ち出した場合、どのような犯罪が成立するでしょうか。
「えーと、それって何罪の論点だったっけ、、、」と考え始めた人は、事例問題の解き方を根本的に誤っています。
各犯罪を個別に説明するにとどまっているため、具体的な事例問題に太刀打ちできなくなってしまうのです。
この記事で説明しますが、具体的には以下のようなフローチャートになります。
今回は情報の持ち出しに関する犯罪について、財産犯を横断的に解説していきます。
単に条文を理解するだけでなく、事例問題の解法を身に着けてください。
第1章では、「財物の持ち出しの有無」で分かれることを説明し(第一分岐)
第2章では財物を持ちだした場合
第3章では財物の持ち出したがない場合
の分岐をさらに説明します。
基本的なことしか言いませんが、このような頭の整理がされると一気に刑法が得意になります。
【初中級】第1章 まずは「財物の持ち出しの有無」で区別せよ!
実は、情報の持ち出しにより成立する犯罪は、たった二つの質問で特定することができます。
その一つ目が
「会社の財物を持ち出したか?」
です。
結論から言うと、
・会社の財物を持ち出した場合は窃盗罪か横領罪
・持ち出していない場合は背任罪か刑法上は不可罰(不正競争防止法違反等の問題)
となります。
財物の持ち出しあり ▶ 窃盗罪 or 横領罪
財物の持ち出しなし ▶ 背任罪 or 不可罰
以下、「財物」と「持ち出し」をそれぞれ解説していきます。
1 会社の備品は財物である
窃盗罪と横領罪の条文を読んでみましょう。
(窃盗)
235条
他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
(横領)
252条
自己の占有する他人の物を横領した者は、五年以下の懲役に処する。
※窃盗罪は「財物」、横領罪は「物」を客体としていますが、この二つは同じ意味なのでまとめて「財物」として理解すれば問題ありません。
ここで重要なのが、
財物とは
「財産的価値のある有体物(固体・液体・気体)」
であるということです。
情報そのものは固体・液体・気体のいずれでもなく有体物にありません。
ですから、「情報が外部に漏れた」というだけでは窃盗罪にも横領罪にも該当する余地はありません。
例えば、自分が所有しているUSBに会社の情報を移して持ち出したとしても、会社の財物は何も持ち出されていないため、窃盗罪も横領罪も成立しないことになります。
では、会社の財物とは何でしょうか?
簡単に言ってしまえば、「会社の備品」のことです。
会社が所有している紙媒体、USB、フロッピーディスクなど、およそ備品と呼ばれるものは全て会社の財物ということになります。
単純明快な基準ですが、実は裁判実務においては、持ち出した物が「財物」に該当するかはしばしば争点となっています。
もちろん被告人が「USBは有体物ではない!」などと言っているわけではありません。
「自分が持ち出した物には財産的価値がない」と主張しているのです。
財物とは「財産的価値のある有体物」
▼
「財産的価値」の有無が争点となる。
どういうことかというと、例えば機密情報を記載した紙などは裏紙として利用するわけにもいかないので、使い終わったらあとは捨てるだけですよね。
そのような「ゴミ」を持ち出しただけなんだから、「財物」を持ち出したわけではないという主張がなされることはしばしばあります。
しかし、裁判所は、このような被告人の主張は一切認めていません。
なぜなら、財産的価値には「積極的価値」と「消極的価値」の二つがあるからです。
積極的価値 ▶ 使用・収益・処分により得られる価値
消極的価値 ▶ 悪用されないように管理する必要があるという意味での価値
確かに、これから捨てる予定の紙であれば積極的価値はないかもしれませんが、勝手に持ち出されたら困るからこそシュレッダーなどで処理する必要があるので、消極的価値はあるということになります。
例えば、東京地判昭和40年6月26日(産業スパイ事件)では、被告人が持ち出した資料は「使用価値がなく窃盗の対象物としての財物性がない」と主張しました。
これに対し、裁判所は、当該資料は「焼却あるいは断裁という特殊な方法によつて廃棄処分されるまでは総務課内のロツカーに厳重に保管されるべきものであつた」という事実から財物性を認めており、消極的価値を考慮したことが分かります。
一般的には「情報が化体した物は財物である」という説明がなされることが多いですが、これは財産的価値が争点になったときに論じるべき事情ということです。
なお、廃棄を予定していた紙などは別として、会社の備品であれば通常は財産的価値が認められるので、消極的価値を検討するまでもなく財物に該当します。
例えば、会社のUSBを持ち出した場合、USB自体に財産としての価値があることは明らかなので、「情報が化体しているから財産的価値がある」などとわざわざ論じる必要はないのです。
2 一時的な持ち出しでも不法領得の意思は認められる
次に「持ち出し」についてですが、これも裁判で争点なることあります。
被告人が「一時的に持ち出すだけのつもりだったから、不法領得の意思はない」と主張する場合です。
しかし、結論からいうと、情報の持ち出し事例で不法領得の意思が否定されることはまずありません。
以下、理由を説明します。
前提として、
窃盗罪も横領罪も、主観的要件として不法領得の意思が必要とされます。
・最判昭和26年7月13日
「窃盗罪の成立に必要な不正領得の意思とは、権利者を排除し他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従いこれを利用し又は処分する意思をいう」
・最判昭和24年3月8日
「横領罪の成立に必要な不法領得の意志とは、他人の物の占有者が委託の任務に背いて、その物につき權限がないのに所有者でなければできないような處分をする意志をいう」
例えば、被告人が資料を持ち出してコンビニでコピーし、数分後には元の場所に資料の原本を戻した場合、一時的な持ち出しについて不法領得の意思が争われることがあるのです。
もっとも、裁判所は、このような場合に不法領得の意思を否定することはまずありません。
窃盗罪で検討する「権利者を排除」する意思も、横領罪で検討する「所有者でなければできないような處分をする」意思も、本来はケースバイケースですが、機密情報という性質上、一時的な持ち出しであっても不法領得の意思が否定されないと考えてよいでしょう。
このように、まずは「財物の持ち出しがあったか」が、成立する犯罪を分ける第一の質問になります。
財物の持ち出しあり ▶ 窃盗罪 or 横領罪
財物の持ち出しなし ▶ 背任罪 or 不可罰
次に、第2章では「持ち出しあり」、第3章では「持ち出しなし」における第二の質問を解説します。
【初中級】第2章 窃盗罪と横領罪は「主たる占有者」に該当するかで区別せよ!
財物が持ち出されたケースの場合、窃盗罪と横領罪の区別が問題となります。
ここで出てくる第二の質問は、「被告人は主たる占有者であるか?」です。
被告人は主たる占有者である ▶ 横領罪
被告人は主たる占有者でない ▶ 窃盗罪
例えば、会社のUSBといった備品は、一つ一つを社長が直接管理しているわけではなく、従業員が事実上管理していることが一般的ですよね。
では、このように備品を管理している一般従業員は、「自分はもともと財物を占有していたから窃盗ではない!」と主張することができるでしょうか?
これは、「占有の帰属」と言われる問題です。
結論として、このような場合に、一般従業員に占有は認められません。
古い判例ですが、大審院の判決要旨を見てみましょう。
・大判昭和21年11月26日
(要旨)
「数人が他人の物に対し事実上の支配を為す場合、その数人の支配が対等の関係に在ることなく、一は主たる占有者の地位において行われその指揮監督の下に従属的地位において機械的補助者として事実上の支配を為すに過ぎないときは、その機械的補助者は主たる占有者の占有機関として物に対する独立の占有を有しない」
このように、「主たる占有者」以外の「機械的補助者」は、主たる占有者の占有機関に過ぎないとして独立の占有が否定されています。
そのため、横領罪に該当するのは、被告人が主たる占有者である場合となりますので、問題となる財物について管理権限や責任があったのかを検討することになります。
横領罪の場合、被告人の管理権限や責任について具体的な事実が問題文に記載されているはずですから、そのような記載のない従業員であれば単なる機械的補助者として窃盗罪となるでしょう。
【初中級】第3章 背任罪か不可罰かは「事務処理者」に該当するかで区別せよ!
財物が持ち出されていないケースの場合、窃盗罪か不可罰かの区別が問題となります。
ここで出てくる第二の質問は、「被告人は事務処理者であるか?」です。
背任罪の条文を読んでみましょう。
(背任)
247条
他人のためにその事務を処理する者が、自己若しくは第三者の利益を図り又は本人に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、本人に財産上の損害を加えたときは、五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
このように、背任罪は「事務を処理する者」であることを要件としているため、被告人が事務処理者でなければ刑法上は不可罰ということになるのです。
被告人は事務処理者である ▶ 背任罪
被告人は事務処理者でない ▶ 刑法上は不可罰
下級審ですが、非常に参考となる裁判例があるので見てみましょう。
・神戸地判昭和56年3月27日(東洋レーヨン事件)
「刑法二四七条の背任罪が成立するためには、或る一定の他人の事務を処理するものが、当該事務を処理するにあたり、その事務処理をなすにつき負担している任務に違背し、本人に対する加害目的又は自己もしくは第三者の図利目的で、当該事務処理行為に出ることを要するものであり、当該行為が右の任務に違背するものではなく、事務処理の範囲を逸脱してなされたものである場合には、他の罪を構成することはとも角、刑法二四七条の背任罪を構成するものではない。」
(被告人は)「およそ東レの有する合成繊維関係の調査研究結果資料であればすべて適正厳格に秘匿し保管するという広範な任務までをも有していたわけではない。」
「被告人Xは、就業規則等に基づいて東レ所有の秘密を保管し、これを社外に漏してはならない義務を負担しており、被告人Xの本件各所為は、かような義務に違反する側面を有するけれども、かような義務は、同被告人の担当事務との関係の有無を問わず存在するものであって、かような義務違反は、雇用契約に基づく一般的忠実義務違反としての責任を生じることはあっても刑法二四七条の背任罪にいう事務処理についての任務違背として評価することはできない。」
このように、裁判所は「就業規則」に基づく秘密の保管義務や守秘義務があったとしても、「雇用契約に基づく一般的忠実義務違反としての責任」であり、「事務処理についての任務違背として評価することはできない」と判断しているのです。
つまり、背任罪の事務処理者といえるためには、従業員全般に共通するレベルの義務では足りず、情報管理について個別具体的な任務を負っている必要があるといえるでしょう。
なお、背任罪が成立しない場合、刑法上は不可罰となりますが、実は無罪放免というわけではありません。
不正競争防止法の条文を見てみましょう。
(定義)
第二条
1 この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。
四 窃取、詐欺、強迫その他の不正の手段により営業秘密を取得する行為(以下「営業秘密不正取得行為」という。)又は営業秘密不正取得行為により取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為
このように、不正競争防止法は、「不正の手段」による「営業秘密」の取得、使用、開示を規制していますので、刑法上の犯罪に該当しなくても、機密情報の不正利用は罰則の対象となるのです。
刑法の試験では原則的に特別法は出題されませんが、思考を整理するうえで理解しておくのが良いでしょう。
第4章 まとめ
以上の考え方を図にまとめます。
このように、個別の条文からではなく生の事実から出発して考えることで、事例問題を一瞬で把握することができるようになるのです。
ぜひ、今回の記事の内容を活かして演習に取り組んでみてください。
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