同じ距離制限なのに薬事法判決と公衆浴場判決で結論が異なる理由の解説。公衆浴場判決の理解が意外と重要という話。
この記事を読んで理解できること
- 薬事法判決と公衆浴場判決の基本的理解
- 公衆浴場の特殊性①:多分に公共性を伴う
- 公衆浴場の特殊性②:製造と販売が同じ場所で行われる
職業の自由の問題を検討する際に、薬事法判決だけを武器に戦っている受験生が多いのではないでしょうか。(または、それのアンチテーゼとしての小売市場判決)
しかし、実際に司法試験や予備試験を戦うにおいて、それだけでは足りません。
司法試験では公衆浴場判決の理解が令和2年で既に問われています。
公衆浴場法は衛生を守るための法律であり、国民の生命・健康を守る消極目的を有しています。
同じ消極目的であり、距離制限を要件とする許可制の事例であるにもかかわらず、薬事法判決は違憲である一方で、公衆浴場判決は合憲です。
予備校ではこのことを教えてくれないのですが、これは実際に司法試験で聞かれている以上、予備試験受験生においても精密に理解しなければなりません。
二つの判例で違うのは大きく分けて二つです。そのことを念頭に以下の記事を読んで、しっかりと理解していきましょう。
第1章 薬事法判決と公衆浴場判決の基本的理解
公衆浴場判決は、公衆浴場を開業しようとしたところ、距離制限のため営業許可を受けることができなかった事例でした。
この点において、薬局を解説しようとしたところ、距離制限のために営業許可を受けることができなかった薬事法判決と同様の事例でした。
この記事では薬事法判決の詳細を述べませんが、薬事法判決においては
①職業選択の自由
②許可制(距離制限)
③消極目的規制
であることから、厳格な合理性の基準が採用され、その結果、距離制限は憲法22条1項に反し違憲無効となった事案でした。
これに対して、公衆浴場判決は距離制限は合憲と判断されています。
公衆浴場判決は昭和30年の判決であり、昭和50年に薬事法判決がだされたことで既に妥当しない古い判決になったと解すべきでしょうか?
しかし、このような理解を前提にした書籍や論文は見当たりませんでした。
公衆浴場については公衆浴場判決の結論はいまだ生きているということになります。
第2章 公衆浴場の特殊性①:多分に公共性を伴う
ここで、公衆浴場判決の判旨を見てみましょう。
・公衆浴場判決 最判昭和30年1月26日
「公衆浴場は、多数の国民の日常生活に必要欠くべからざる、多分に公共性を伴う厚生施設である。そして、若しその設立を業者の自由に委せて、何等その偏在及び濫立を防止する等その配置の適正を保つために必要な措置が講ぜられないときは、その偏在により、多数の国民が日常容易に公衆浴場を利用しようとする場合に不便を来たすおそれなきを保し難く、また、その濫立により、浴場経営に無用の競争を生じその経営を経済的に不合理ならしめ、ひいて浴場の衛生設備の低下等好ましからざる影響を来たすおそれなきを保し難い。」
ここで注目していただきたい文言は、太字で強調した以下の一文です。
「多数の国民の日常生活に必要欠くべからざる、多分に公共性を伴う厚生施設である。」
これは、公衆浴場判決の理解が問われる問題では、必ずといっていいほど書くキーセンテンスとなりますので、覚えてしまいましょう。
令和2年の司法試験では、地方の地元住民の足であるバスという、「多数の住民の日常生活に必要欠くべからざる、多分に公共性を伴う」事業に対して開業規制を課した事例でした。
令和2年の司法試験のような公共性の高い職業を見たら、公衆浴場判決が思い浮かぶようにしましょう。それが、職業の自由の問題の一つの解法となります。
なお、このキーセンテンスをどのような文脈で書くかは、人それぞれですが、私の見解を述べておきます。
一般に、審査基準は以下の掛け算で決まります。
要保護性
×
制約
×
裁量論・その他
この場合、①の人権の要保護性の高さの文脈において特に「公共性の高い職業の自由」に関しては規制の必要性の高さに鑑みて、審査基準が下がると考える。
つまり、公衆浴場や地方におけるバスや鉄道のような多数の国民・住民の日常生活に不可欠の職業については、職業の公共性を理由に審査基準を下げるという考え方です。
要保護性 ▶ down (なぜなら公共性の高い職業)
×
制約
×
裁量論・その他
この考えは私の整理なのですが、令和2年司法試験出題趣旨は以下のように述べています。
・令和2年司法試験出題趣旨
「規制①については、規制の強度、規制の目的、生活路線バス事業の特徴等を踏まえて審査基準を定立し、規制の憲法適合性について検討することが求められる。」
太字で強調した部分を見るに、公共性の高い生活路線バス事業の特徴が審査基準に影響することがあり得ることについて、出題者も認めているということが分かると思います。
ですので、以後予備試験においても、「生活に不可欠な職業」が出た場合、職業の公共性を理由に審査基準を下げるという主張をしてもよいでしょう。(少なくとも公権力側からの反論では指摘したいところです。)
第3章 公衆浴場の特殊性②:製造と販売が同じ場所で行われる
もう一つ公衆浴場と薬局の違いがあります。
第2章で述べたことは、審査基準・規範レベルの違いですが、ここでは、手段審査のあてはめレベルでの違いになります。
ここで、薬事法判決で原告代理人が主張していた薬局と公衆浴場の違いを見ていただきたい。
ここでわかるのは、
生産 ▶ 流通 ▶ 販売の各段階に分化している。
生産と販売まで同じところ(銭湯)で行われている。
ということです。
薬局の場合は、薬を生産するのは薬局ではなく製薬会社です。
薬事法の距離制限の目的は「薬局の過当競争を防止し、不良医薬品の流通を防止する」ですが、不良医薬品を世に出さないようにするためには、薬局の競争ではなく、製薬会社の競争を防止すべきです。
薬事法判決も以下のように述べています。
・薬事法判決 最判昭和50年4月30日
「医薬品の乱売に際して不良医薬品の販売の事実が発生するおそれがあつたとの点も、それがどの程度のものであつたか明らかでないが、そこで挙げられている大都市の一部地域における医薬品の乱売のごときは、主としていわゆる現金問屋又はスーパーマーケツトによる低価格販売を契機として生じたものと認められることや、一般に医薬品の乱売については、むしろその製造段階における一部の過剰生産とこれに伴う激烈な販売合戦、流通過程における営業政策上の行態等が有力な要因として競合していることが十分に想定されることを考えると、不良医薬品の販売の現象を直ちに一部薬局等の経営不安定、特にその結果としての医薬品の貯蔵その他の管理上の不備等に直結させることは、決して合理的な判断とはいえない。」
つまり、貯蔵段階である「薬局」の問題ではなく、製造段階における「製薬会社」が主たる原因なのだから、規制すべきは「製薬会社の過剰生産と販売合戦」なのであって、薬局ではないということです。
こちらを規制すべき!
こちらを規制することは実質的関連性がない!
乱売により危険な薬が出回るのを防ぎ国民の命を防ぐなら、薬局ではなく上流にある製薬会社の競争を防ぐべきでしょう。
貯蔵販売段階の薬局の競争を規制しても意味ないよ。
なので、不良医薬品流通防止の目的と薬局の競争防止のための距離制限はほとんど関係がない、すなわち、実質的関連性が否定されるというわけです。
他方、銭湯の場合は、お湯を作るのもお湯を提供するのも銭湯で同じ場所で行われます。
製造 ▶ 銭湯
販売 ▶ 銭湯
ですので、販売と同時に製造段階も担う銭湯の過当競争を防止して、国民に衛生的なお湯を提供させることは、国民の生命・健康を守ることと実質的関連性が認められます。
現実的にも、銭湯は燃料コスト等ありコストを下げたいため、掃除や消毒を怠る可能性があります(実際に、それで問題になった老舗宿もあります)。
なので、公衆浴場は製造の場である公衆浴場の競争を防ぐことに合理性があるといことです。
このように、薬局と公衆浴場の、「製造段階と販売段階の分化」の有無という事実に着目しても、二つの判決で結論が異なることは合理性があるといえます。
第4章 まとめ
以上より、公衆浴場判決は
多数の国民の日常生活に欠くべからざる、多分に公共性を伴う施設(職業の公共性)である。
製造段階と販売段階が分離しておらず、銭湯そのものを規制する合理性が高い。
という2点において、薬局事業と大きく異なり、それにより両判決の結論の差が生まれるということを理解しておいてください。
特殊性①は、審査基準を左右する事実であり、公共性の高い職業(地方のバス・鉄道)についての出題で必ず指摘してください。
特殊性②は公衆浴場の特殊性ですが、このように目的手段審査において、分析的に事実をとらえる考え方の一例としてストックしておくと実力がついていくと思われます。
公衆浴場判決は予備校ではあまり詳しく習わないかもしれませんが、それは必要がないからではなく、予備校が正しく理解していないからです。
現に、司法試験で出題されている以上、きちんと理解していることが今は必要となっているのです。
この記事を復習して、理解を深めていただくと、職業の自由の問題を単に薬事法判決と小売市場判決で戦わせるだけで済ませるような不良答案を書く受験生に比べ、より多角的にとらえることができるでしょう。
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