【保存版】構成要件の実質的な重なり合いとは?抽象的事実の錯誤を徹底解説
目次
この記事を読んで理解できること
- 三つの類型をマスターしよう
- 実質的な重なり合いの考慮要素
- 実質的な重なり合いの判断方法
抽象的事実の錯誤とは、行為者が認識した事実と実現した事実との間に齟齬があり、その齟齬が異なる構成要件にまたがる場合をいいます。
そして、構成要件の実質的な重なり合いが認められる限度で犯罪が成立することは、多くの受験生がご存知だと思います。
だからこそ、結論が正しいだけでは高得点にならず、理由づけも含めてきちんと理解することが不可欠です。
そこで今回は、抽象的事実の錯誤について、実質的な重なり合いとはどういうものなのか、具体的な事案にどのようにあてはめればよいのかを解説したいと思います。
具体的には
【初級】第1章で、全受験生が完璧に覚えるべき抽象的錯誤の三類型を総整理します。
その上で、
【中級】第2章、第3章で、「実質的重なり合い」の考慮要素(第2章)、判断方法(第3章)を判例にしたがってまとめてみます。
上位合格したい人は第2章、第3章まで読む必要があると思います。
自分のレベルに応じて読み進めていってくださいね。
【初級】第1章 三つの類型をマスターしよう
構成要件の実質的な重なり合いは、三つの類型があります。
それぞれの処理方法をここでマスターしましょう。
1 認識した罪より実現した罪の方が重い場合
第一に、認識した罪より実現した罪の方が「重い」場合を見ていきましょう。
例えば、遺失物横領の認識で窃盗を実現したような場合です。
結論から言うと、この場合は認識した罪(遺失物横領罪)が成立します。
根拠は刑法38条2項です。
(故意)
第三十八条
2 重い罪に当たるべき行為をしたのに、行為の時にその重い罪に当たることとなる事実を知らなかった者は、その重い罪によって処断することはできない。
今回の場合、窃盗(重い罪)に当たるべき行為をしたものの、遺失物横領の認識であったため、「重い罪に当たることとなる事実を知らなかった」ことになります。
したがって、窃盗罪は成立しません。
ここでポイントは、
【38条2項は、条文の文言上】
実現した犯罪 > 認識した犯罪
の場合にしか使えないということです。
そして、刑法38条2項の「重い罪によって処断することはできない」という文言は、構成要件が実質的に重なり合う限度で、軽い罪が成立するという趣旨であると解されています。
ここで、窃盗と遺失物横領を比較してみましょう。
【窃盗罪】
・保護法益→所有権&占有
・行為態様→窃取(財物の領得)
・客体→他人が占有する他人の財物
【遺失物横領罪】
・保護法益→所有権
・行為態様→横領(財物の領得)
・客体→他人の占有を離れた他人の財物
このように、窃盗罪と遺失物横領罪は、他人の財物を領得することにより所有権を侵害するという限度で実質的な重なり合いが認められます。
窃盗罪は、遺失物横領罪に「占有侵害」という違法性をプラスしたものといえます。
したがって、軽い罪である遺失物横領罪が成立することになります。
なお、後述する昭和54年決定の、無許可輸入罪の認識で禁制品輸入罪を実現したこともこの類型に該当しますので、軽い方の無許可輸入罪が成立しました。
2 認識した罪より実現した罪の方が軽い場合
第二に、認識した罪より実現した罪の方が「軽い」場合を見ていきましょう。
例えば、窃盗の認識で遺失物横領を実現したような場合です。
まず、重い罪である窃盗は実現されていないため、客観的構成要件に該当せず窃盗罪は成立しません。
次に、遺失物横領については、客観的構成要件には該当します。
認識としては窃盗ですが、遺失物横領罪と窃盗は実質的に重なり合うため、遺失物横領の限度で故意が認められます。
したがって、軽い罪である遺失物横領罪が成立することになります。
ここでの注意点は、認識した罪より実現した罪の方が「軽い」場合、刑法38条2項は適用されないということです。
同項が適用される場合、「その重い罪によって処断することはできない」という文言の解釈として、実質的に重なり合う限度で軽い罪が成立するという結論を導くことになります。
これに対し、同項が適用されない場合、構成要件的故意の解釈として、実質的に重なり合う構成要件に該当する事実の認識があれば、実現した構成要件の故意が認められるという結論を導くことになります。
結論は同じですが、理由づけが違うので注意しましょう。
3 認識した罪と実現した罪の法定刑が同じ場合
第三に、認識した罪と実現した罪の「法定刑が同じ」場合を見ていきましょう。
例えば、覚せい剤輸入罪の認識で麻薬輸入罪を実現したような場合です。
この場合、処理方法は2の検討と同じです。
まず、覚せい剤の輸入は実現されていないため、客観的構成要件に該当せず覚せい剤輸入罪は成立しません。
次に、麻薬の輸入については、客観的構成要件には該当します。
認識としては覚せい剤の輸入ですが、麻薬輸入罪と覚せい剤輸入罪は実質的に重なり合うため、麻薬輸入罪の故意が認められます。
4 小括
以上をまとめると、
①認識した罪より実現した罪の方が重い
▶ 刑法38条2項を適用し、実質的に重なり合う限度で認識した罪が成立
②認識した罪より実現した罪の方が軽い
・認識した罪と実現した罪の法定刑が同じ
▶ 構成要件的故意の解釈により、実質的に重なり合う限度で客観的に実現した罪が成立
となります。
迷ったときは、刑法38条2項を読んだ上で、「重い罪に当たるべき行為」をした(実現した罪の方が重い)といえるかを考えてみましょう。
ここまでで、十分に合格点を取れますが、より深めたい人は2章に進んでください。
2章では、「実質的な重なり合い」の考慮要素を具体的に判例に沿ってみていきましょう。
【中級】第2章 実質的な重なり合いの考慮要素
リーディングケースである最高裁判例を紹介します。
少し長いですが、極めて重要なので読んでみましょう。
・最決昭和54年3月27日(昭和54年決定)
「麻薬と覚せい剤とは、ともにその濫用による保護衛生上の危害を防止する必要上、麻薬取締法及び覚せい剤取締法による取締の対象とされているものであるところ、これらの取締は、実定法上は前記二つの取締法によつて各別に行われているのであるが、両法は、その取締の目的において同一であり、かつ、取締の方式が極めて近似していて、輸入、輸出、製造、譲渡、所持等同じ態様の行為を犯罪としているうえ、それらが取締の対象とする麻薬と覚せい剤とは、ともに、その濫用によつてこれに対する精神的ないし身体的依存(いわゆる慢性中毒)の状態を形成し、個人及び社会に対し重大な害悪をもたらすおそれのある薬物であつて、外観上も類似したものが多いことなどにかんがみると、麻薬と覚せい剤との間には、実質的には同一の法律による規制に服しているとみうるような類似性があるというべきである。
本件において、被告人は、営利の目的で、麻薬であるジアセチルモルヒネの塩類である粉末を覚せい剤と誤認して輸入したというのであるから、…覚せい剤輸入罪を犯す意思で、…麻薬輸入罪にあたる事実を実現したことになるが、両罪は、その目的物が覚せい剤か麻薬かの差異があるだけで、その余の犯罪構成要件要素は同一であり、その法定刑も全く同一であるところ、前記のような麻薬と覚せい剤との類似性にかんがみると、この場合、両罪の構成要件は実質的に全く重なり合つているものとみるのが相当であるから、麻薬を覚せい剤と誤認した錯誤は、生じた結果である麻薬輸入の罪についての故意を阻却するものではないと解すべきである。」
このように、昭和54年決定は構成要件の「実質的」な重なり合いという基準を採用しました。
重要なポイントは、昭和54年決定が実質的な重なり合いの考慮要素を具体的に挙げている点です。
・取締りの目的において同一
・取締りの方式が極めて近似
・同じ態様の行為
・慢性中毒の状態を形成し、個人及び社会に対し重大な害悪をもたらすおそれのある薬物
・外観上も類似したものが多い
このうち、取締りの目的や方式については、適用される法律が異なるため考慮したものと思われますが、試験では刑法からの出題となるためあまり問題にはならない可能性が高いです。
そのため、実質的な重なり合いの考慮要素は、
・保護法益の重なり合い
・行為態様の類似性
・客体の類似性
に大別できます。
では、これらの考慮要素についてどのようにあてはめをすればよいのかを、次章で解説していきます。
構成要件の「実質的」な重なり合いに対して、「形式的」な重なり合いという概念も存在します。
例えば、窃盗罪と強盗罪、傷害罪と殺人罪のように、一方の構成要件が他方の構成要件に含まれている場合です。
この場合には、構成要件が重なり合っていることは明らかですので、実質的な重なり合いを検討するまでもないことになります。
【中級】第3章 実質的な重なり合いの判断方法
この章では、構成要件の実質的な重なり合いについて、具体的な判断方法を解説します。
先ほどの昭和54年決定の続きを見てみましょう。
・最決昭和54年3月27日(昭和54年決定)
「覚せい剤を無許可で輸入する罪と輸入禁制品である麻薬を輸入する罪とは、ともに通関手続を履行しないでした類似する貨物の密輸入行為を処罰の対象とする限度において、その犯罪構成要件は重なり合つているものと解するのが相当である。本件において、被告人は、覚せい剤を無許可で輸入する罪を犯す意思であつたというのであるから、輪入にかかる貨物が輸入禁制品たる麻薬であるという重い罪となるべき事実の認識がなく、輸入禁制品である麻薬を輸入する罪の故意を欠くものとして同罪の成立は認められないが、両罪の構成要件が重なり合う限度で軽い覚せい剤を無許可で輸入する罪の故意が成立し同罪が成立するものと解すべきである。」
第2章の話と何が違うのか混乱している人もいるかもしれませんので、一旦整理します。
【認識した事実】
覚せい剤を無許可で輸入する
▶ 覚せい剤輸入罪及び無許可輸入罪
【実現した事実】
輸入禁制品である麻薬を輸入した
▶ 麻薬輸入罪及び禁制品輸入罪
上記のとおり、被告人の認識した構成要件該当事実は「覚せい剤輸入罪」と「無許可輸入罪」の二つ、現実に発生した構成要件該当事実は「麻薬輸入罪」と「禁制品輸入罪」の二つに該当します。
つまり、
【認識】覚せい剤輸入罪⇔麻薬輸入罪【現実】
【認識】無許可輸入罪⇔禁制品輸入罪【現実】
という、二種類の抽象的事実の錯誤が存在するのです。
第2章で紹介した部分は覚せい剤輸入罪と麻薬輸入罪の錯誤で、今回紹介した部分は無許可輸入罪と禁制品輸入罪の錯誤になります。
そして、昭和54年決定は、「通関手続を履行しないでした類似する貨物の密輸入行為を処罰の対象とする限度において、その犯罪構成要件は重なり合つている」と判示しました。
ここでのポイントは、
(覚せい剤輸入罪と麻薬輸入罪の部分では判示していた)薬物の特徴や外観上の類似性に言及していないということです。
覚せい剤輸入罪と麻薬輸入罪は共に、「濫用による保護衛生上の危害を防止する」ことが目的であり、保護法益は国民の健康と安全です。
すなわち、薬物の内容が保護法益と直接関連しているのです。
これに対し、無許可輸入罪と禁制品輸入罪の保護法益は、「税関手続の適正な処理」(関税法1条)です。
すなわち、通関手続が適正に履行されたかが問題なのであり、薬物の内容は保護法益と直接的な関連はありません。
このように、昭和54年決定は、保護法益を出発点とした上で、行為態様や客体の特徴については、法益侵害と関連する範囲で考慮しているのです。
以上のとおり、構成要件の実質的な重なり合いを判断する上で、決定的に重要なのは保護法益です。
行為態様や客体は、法益侵害と関連する範囲で考慮すべき補充的な要素と捉えましょう。
・保護法益の重なり合い
▶ 決定的に重要。必ず検討すべし。
・行為態様の類似性
・客体の類似性
▶ 補充的な要素。法益侵害と関連する範囲で考慮すべし。
さらに補足すると、行為態様や客体の類似性は、法益侵害と関連する範囲で考慮するため、「生の事実」ではなく「構成要件」に着目する必要があります。
例えば、東京高判平成25年8月28日は、「無許可でダイヤモンド原石を輸入する意思」で、「輸入禁制品である本件覚せい剤を輸入しようとした」被告人に、軽い方の「無許可で貨物を輸入する罪」の限度で罪が認められました。
「生の事実」に着目すると、「ダイヤモンド原石」と「覚せい剤」は全く違う客体であり、実質的な重なり合いは認められないようにも思えます。
しかし、ここで着目すべきなのは「構成要件」です。
昭和54年決定は、無許可輸入罪と禁制品輸入罪は「通関手続を履行しないでした類似する貨物の密輸入行為を処罰の対象とする限度において」構成要件の実質的な重なり合いが認められるとしています。
このように、行為態様や客体は、問題となる構成要件に応じて類型的に検討する必要があるのです。
第4章 まとめ
以上のとおり、構成要件の実質的な重なり合いは
・保護法益の重なり合い
・行為態様の類似性
・客体の類似性
が考慮要素であり、保護法益が決定的な基準です。
そして、重なり合いの判断は「生の事実」ではなく「構成要件」に着目して判断します。
三つの類型の処理方法は、
・認識した罪より実現した罪の方が重い
▶ 刑法38条2項を適用し、実質的に重なり合う限度で認識した罪が成立
・認識した罪より実現した罪の方が軽い
・認識した罪と実現した罪の法定刑が同じ
▶ 構成要件的故意の解釈により、実質的に重なり合う限度で客観的に実現した罪が成立
であり、刑法38条2項を適用できるかどうかのチェックが必要です。
抽象的事実の錯誤は、結論が正しくても理由づけが間違っていると得点につながらないおそれがあるので、しっかりと基礎を固めましょう。
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